早く「ろくもん」と「おいこっと」についてお伝えしなくてはいけないんですけど、なぜ私がそれほど「ろくもん」に乗りたかったのか、これをわかって頂きたいな。と思いまして、今日はそこら辺をつづってみようと思います。
もうしばらくお付き合いくださいませ。☕
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観光列車『ろくもん』との出会い
しなの鉄道の『ろくもん』には私達夫婦、
昨年の8月21日に乗車しました。
3人の子供たちが、母の日と父の日を合わせ、
プレゼントしてくれたものです。
また私がこんなに鉄道ファンになったのは、
初めての孫が電車好きになったからです。
最初は孫がそんなに喜ぶならと、
本を買ったり借りたりして一緒に見ていましたが、
読んでる私の方が夢中になって、
気が付けばいつの間にか列車の名前を暗記していました。
今年のゴールデンウィークは、
東京での長女の用事と、長男が帰郷できないことが重なったため、
「ええい、それならみんなでこっちから東京に行ってしまえ!」とばかりに、
ホント急だったんですが上京したんですね。
こんなに鉄道好きでも、我が家は大家族で子供が小さいため荷物が多い、
だから東京のホテルまでは車で行ったんですが、
都内の移動は電車、電車。
テンション上がりましたね~。
移動中、向こうに色んな新幹線があると本物が見えたから嬉しくて、
車内で「あれは〇〇だ。」とか「ほら△△が停まってる。」とか、
ウキウキしてました。
周りの人は「男の子2人よりおばあさんの方が興奮してる!」と
不思議に思ったかもしれません。
そうです、何を隠そう私はババ鉄です。
思えば、今から3年前の2014年。確か夏でした。
その日はそれまでの4か月間、若い男性たちに混じって必死に受験勉強してきた、
宅地建物取引主任者(現在は宅地建物取引士)の講習修了打ち上げ会があって、
電車に乗って長野駅に向かったんですね。
長野県は広くて山間地が多いですし、交通網は発達していません。
ですから日常の交通手段は自家用車を使う家庭がほとんど、
それぞれが仕事をしていれば個人個人が所有している現状です。
車がなければホント生活しにくいです。
私は生まれながらの信州人ですから、それが当たり前ですけれどね。🚙
乗ってきた電車を降り、さあ会場へ向かおうと歩き出した時。
私が「ろくもん」に初めて会った運命の瞬間でした。
二度見しました。「うえぇ~?」「何、なに、この電車?」
色はワインカラー、中は明るくて、椅子が違う、内装が違う!
な、な、なんか制服着たアテンダントさんみたいな人がいるよ~。
いったい誰?何この列車?こんなの見たこと無い~!
その後は打ち上げの最中も、さっきの未知の電車がずっと気になってました。
帰宅して調べてみたら、同年の7月、少し前に運行開始したばかりの、
しなの鉄道「ろくもん」とのこと。
そうだったのね。
それまでの私は、テレビも見ないで毎日遅くまで勉強していたので、
新しいニュースも世間のことも、よくわからない状況だったんです。 ✐📗
それから、あの夜一瞬ではあったけど、
時間が止まったように感じた「ろくもん」に、私は魅せられてしまったのです。
いつか乗りたい、いつか乗りたい。
あの素敵な列車を、見る側では無く乗る人になりたい。
その気持ちがふつふつと沸き上がり、
潜在意識の奥底まで、
「ろくもん」への憧れが静かに流れ込んでいったのだと思います。
『特別展 真田丸』の後は 真田家ゆかりの『ろくもん』乗車
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今わたしがここで、ブログを書いている。
子供たちが成人した今、
生きがいとして大切に育て、成長を見守っているこのブログを作ったきっかけ、、、。
それはもしかしたら、
昨年子供からプレゼントしてもらった「列車旅行」だったのかもしれません。 🚋
それまで、人生の浮き沈みを経験して
「私には一生旅行なんて縁の無いこと。」と諦めていたんですが、
子供たちはきっと私の寂しい気持ちを察していたんでしょうね。
昨年の母の日の何か月か前、
娘たちが「良いものを贈るから日にちを空けておいて。」と言うのです。
「良いもの?」「日にちを空ける?」
まさか旅行に行けるとは思わないので、
いったい何のことだか皆目見当がつきませんでした。
よくよく聞いてみると、母の日と父の日を合わせ、
3人で旅行をプレゼントしてくれるとのこと!
「旅」というキーワードはもう、
私の未来のイメージに入れてはいけないと思い込んでいましたから、
嬉しかったり、信じられなかったり、、、。
いつ、どこへ行くのか、具体的に決まらないまま、
「猛暑中はシニアには無理よね、、、。」と、なんとなく秋を予想してましたけど、
意外にもその日は早くやって来たのです。
きっかけはNHKの大河ドラマ。
昨年三谷幸喜さん作・脚本、堺雅人さん主演の「真田丸」が放映され、
近年まれにみる人気となりました。
真田丸は、
大阪夏の陣で真田信繁(幸村)が築いたと伝わる「出城」のことです。
戦国時代に、様々な荒波に翻弄されながら乗り越えてきた真田一族。
それを一艘の船に例えたドラマのタイトルなんですね。
🏯 ( 真田家の城、上田城についてはこちらの記事をご覧くださいね。 ☟ )🏯
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長野県の真田町は、2006年の合併により今は上田市に統合されています。
町名の由来は
「地区の中に『真田』という大字名があるから。」ということと
「真田氏発祥の地であるから。」ということが有力な説だそうです。
私の住んでいる長野市と同じ県。そんなには遠くないんです。
50Km弱と言ったところ。車で1時間ほどかな。
だから昨年の大河ドラマは、
日曜が待ち遠しくて、見ては笑い、泣き、終わったらロスになり、、、と、
本当に感動的で感情的な(?)一年でした。
ある日曜の夜、例によって「真田丸」が終わった8:45ころ。
NHKのお知らせで、
上田市立美術館で行われていた「特別展 真田丸」が8月21日(日)に、
終わってしまうというのです。
ここから車で1時間ほどの上田市ですが、
当時は色んな状況から「旅行に行く」とか「展覧会を楽しむ」なんて
夢のまた夢でした。
でも、、、。
見てみたいな、、、。これだけは見逃しちゃいけないな、、、。
私の中でその思いがあふれて出て、思わず、
「これ見たい!プレゼントしてもらえるなら、ここに行ってみたい!」と
言葉にすることができたのです。
それを聞いた長女は喜んで聞き入れてくれました。
旅行日は展覧会の最終日になりましたけどチケットは取れ、
鉄道好きな私のために、『「E7系北陸新幹線」と、観光列車「ろくもん」の乗車、
別所温泉で昼食と温泉を楽しむ』というプランを作ってくれたんです。
「日本一の兵」(ひのもといちのつわもの)と言われた真田幸村(信繁)は、
今から450年ほど前に信濃の国(現在の長野県)に生まれた武将です。
昨年の大河の主役、そして郷土の誇り。
その真田信繁の展覧会を観られる。真田家ゆかりの列車に乗られる、、、。
なんという幸せでしょう。
これは嬉しかったですね。涙が出ました。
今まで辛いこともたくさんあったけど、
互いを信じ、家族で乗り越えてきたからご褒美を貰えたのかな、、、と感謝して、
有難く受け取ることにしました。
もちろん、いつか子供たちにもお返ししなきゃいけないと思っていますよ。
まとめ
関連記事
観光列車「ろくもん」と出会ってから、
それまで見るだけだった憧れの電車や新幹線に、
今度は「乗りたい。」という気持ちが芽生えました。 🚄🚋
そして「『特別展 真田丸』を観たい。」という願いと結びつき、
子供たちから素敵な『列車旅行』という贈り物が届きました。
それから約1年経った今、
私はこうしてあなたに向けてこのブログを書いています。
ろくもんはただの観光するだけの列車ではありませんでした。
大好きな『真田丸』とも、ほかの映画とも私の中で因縁があることがわかり、
伝えずにはいられない気持ちになったのです。
そして何より、おもてなしの心。
憧れの「ろくもん」に乗れ、嬉しくて嬉しくてそれを言葉にしたら、
サプライズのお返しが返って来たのです。 🎁
それは次回お伝えしますね。
「ろくもん」と「真田丸」。
好き、好きと思い続けること、言い続けること。
よく本に「イメージし続けると実現する。」って書いてありますが、
本当にそうだと思います。
私にとっては「ろくもん」と「真田丸」が、
このブログという『生きがい』を運んできてくれた、素晴らしい存在なのです。
それではまた次回。こちらでお待ちしておりますね。 💕
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